二十四史
光武、河北行その2
2chの話題と、まめさんが提起された、劉秀が赤眉と更始帝間の仲違いを図ったのではないかという件について。時系列的まとめと、史書記述関係のまとめ、及び私の補足をまとめました。
光武、河北行その1
光武、河北へいく。 光武のワーカホリックタイムの序章といえるだろうか。
行司隷校尉、光武、洛陽での初めてのおつかいです。 レイアウト、試行錯誤中
更始帝の光武重用へと向かって行きます。 ついでに段々段落といえる程じゃない規模のアレも見えてきたので、題名の付け方変えます。 あと、レイアウトも変更してみました
●第9段落 昆陽の戦、終結の段となります。
自明だと思っていたことと、ごく微妙に考え直したことがあるんだけど、ちょっともしかしたら自明じゃ無いかもなので、ここに纏め直します。アマチュアですから、色々な所は甘く見て頂けると助かります。
●第7段落 昆陽の戦い、中盤戦・上
●第4段落&第5段落 この段落別にする必要ないじゃんと思ったので纏めてみた。 副題は、『曹操は誰だ?』
●第3段落 小長安の戦い。
●第2段落 劉秀、起兵決意の瞬間であります。
方針の転換を図ることにする 1.よく考えたら今の追記追記スタイルだとブログの意味が無い(+仮に読んでらっしゃる方がおられても)ので一段落一段落原稿が上がる毎に新しい記事とする。 2.『史記』と『晋書』を取りあえず置いて、現状私的需要のある『漢書』と…
●第1段落 割と普通の史書の世界に戻って参りました。 ではとりあえず光武帝紀から参りますかね。 でもこの文章、何によってるのかが分からない。 まぁいいや、無料の速訳だしね。
うーん、なんか勘違いされている方が多いような気がするんですけれど、集史編纂事業と曲筆というのは、当然漢初の楚漢戦争問題においても存在するし(やる夫スレの私談・楚漢戦争の方も指摘されていた『楚漢春秋』の資料的問題もありますが)、唐王朝以後に至…
ということで、まずは『史記』「三皇本紀」です。とりあえず信憑性は脇に置きましょう。唐人が補填したことには理由がありまぁす(強弁)。 まどろっこしいし今興味ある時代にも踏み出したいところであるので『後漢書』やら『晋書』やらも同時に訳していこうと…
二十四史等の漢籍について維基文庫からの転載での私訳のためにブログを始めてみました。 と言ってもかなりいい加減な速訳&拙訳になります。何しろ学部卒後十年くらい経って手を付ける事業となります。超簡易的な演習のような手法で(と言っても大漢和とかは用…