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渡来人、読文学。

中国史や野球、マンガや小説、アニメなどの感想についてのブログです。

劉玄と劉秀、その2

私見

早起きして時間余ったから、昨日の追記。

 

 もちろん、劉秀はおそらく劉縯の部曲を受け取っているはずだ。そのことは、劉秀が順水北で敗北した際の、呉漢の言葉からも受け取れる。後漢が功臣の武力をそのままにしていることで各地の抑止力としていたとする論文があるが、そういったものを見ていく限り、当時の部曲はやはり豪族の郎党と言うべきで、大将に私的忠誠心をもった私兵集団だ。劉秀が順水北で敗戦した後、呉漢が「まだ我らには劉縯の子がいる」と発言したことを、劉秀及び劉縯の家の帝位を仄めかす発言、つまり劉秀の劉玄への叛意として受け取るべきではなく、もっと根源的な豪族部曲による家に対する忠誠心として受け取るべきである気がする。

 つまりこの時代の将軍号は、掌握している軍事力に対応させた呼称である可能性が高い。

 

 しかし、それを仮定した上でも持節・行大司馬事・破虜将軍は行き過ぎである気がする。途中で合流した人間の多くは、劉縯本人が刑死した時点で取り上げられたはずだ。手元に残り戻された部曲は、最初の挙兵時の7、8000人の「賓客」の生き残りである可能性が高い。小長安の敗北を経た後であるため、昆陽の際に劉秀が集めた兵と部曲の生き残りとを合わせても、破虜大将軍以上の官位を必要とする兵力を率いていたとは考えられない。しかもお互いの感情演出を除けば、すぐ破虜大将軍に任じられ、即中央の大官の監察も行える行司隷校尉に任じられた上、前漢末の時点で首都機能の移転を建議された洛陽城の修築にかからせるのだ。ハッキリと言って異常としか言いようがない。もし劉玄から危険視を受けたなら、王公の号を与えて必要以上の兵権を剥奪するのではないか。劉秀は、それどころか中央において誰が危険であるかを決められる地位に就いている。劉玄には臣下に危険視されている劉秀を信頼する何か特別の理由があってしかるべきであると思う。

 やはり劉縯を殺したのは劉秀である可能性があるように思う、全てを知っている李軼は内応の手紙をバラされて死んだ。彼は何故内応の手紙をバラされねばならなかったのか。兄の仇であるからならそう書かれても良さそうだが、史書はそう書かない。妄想でしかない。そもそも、李軼が裏切ったというのが、李軼の人間性以上のものとしては書かれていない。

 

 劉秀が劉縯の腹心であった可能性も考えたが……やはり南陽閥のガス抜きとしても危険過ぎる。私なら兄の事をあげ喪に服すことをさし許す(という建て前で一時的に高官高爵から排除して爵位のインフレとバランスをとって叙爵、後々兵権を剥奪して、就国させ軟着陸を狙う)劉良に国三老を与えるだけでなく他の南陽劉氏にもあめ玉をぶら下げて兵士や権力は分散して配置することで危険を躱しながらガス抜きを狙う。よく考えると、劉玄にとって自分に恨みを持つはずの劉秀を喪に服させない理由がない。劉玄が危険なのは南陽閥の突き上げを躱せない傀儡であったから、という可能性も考えたが、ならば尚更南陽閥は劉秀や劉終にすげ替えを狙えば良いことになってしまう。特別に劉秀を信頼する理由があったのではないか?そもそも現行、王公号の乱発は劉玄が古制を知らないため、という王朝公式見解の上でしか解されない。劉玄が王公号を乱発したのは何故なのか、更始帝政権下の王公号下での兵制はどうなっていたのか、また本当に王公を与えられていたのか、封国の人口等検討まず事例を検討してみるべきであるように思う。そしてその場合の王公号を劉秀が与えられなかったのはなぜなのか、王公号を与えられた立場なららどうなるのかも、含めて考えるべきなのではないか。

(16/11/30 7:59初稿)